「経済成長」幻想が日本を滅ぼす!人口減少社会を「希望」に変えていく確かな方法


江戸時代後半の日本の人口は約3000万で安定していたが、
“黒船ショック”を通じて欧米諸国の軍事力やその背後にある科学技術力に衝撃を受け、
これではいけないということでそれ以降は“富国強兵”、第二次大戦後は“経済成長”ということを国を挙げての目標に掲げ、国力の増強に努めるとともにひたすら「拡大・成長」という坂道を上ってきた。

そうした社会のあり方が、人口の急激な増加カーブとなって示されているわけである。

しかし2005年に前年に比べて人口が初めて減り、その後は上下する時期がしばらく続いていたが、2011年からは一貫した減少期に入り、その結果が先ほどの国勢調査結果ともなっている。

そして現在の出生率(1.42〔2014年〕)が続けば、日本の総人口は2050年には1億人を切ることが予測されている。

私たちは今後どのような社会のありようを構想していくべきなのだろうか

「拡大・成長」のみを求めて様々な政策を行ったり、ビジネスや社会や教育や働き方等々を考えたりしていくことは、時代状況に大きく合わなくなっていて、かえって様々なマイナスを生む。
むしろ「定常型社会」、つまり経済成長を絶対的な目標としなくても十分な「豊かさ」や、より大きな「幸福」が達成されるような社会を私たちは目指すべきである、という内容である。

定常型社会などというと夢物語のように聞こえるかもしれないが、
ヨーロッパの多くの国々――主にドイツ以北のヨーロッパ――ではそれに近い状況になりつつある。

(中略)

日本に限らず、GDPあるいは経済の「拡大・成長」をひたすら追求することはある種の限界に直面し、新しい発想で「豊かさ」や「幸福」の意味を考える必要があるという認識が、世界規模で共有されつつある。
現在のようにモノがあふれる時代となり、人々の消費が大方成熟ないし飽和しているような状況において、かつてと同じような行動を続けていれば、それは企業同士が“互いに首を絞め合う”ことになり、結果として経済全体にもマイナスになっていくだろう。それはまた、近年の日本において企業の「不祥事」が後を絶たないこととも関係している。

昔のモノがなお不足していた時代は、企業がモノをつくり人々に行き渡らせることがそれ自体「福祉」でもあり、ある意味で収益性と倫理性が半ば予定調和的に結びつく牧歌的な時代だったとも言える。

80年代前後からこうした状況は大きく変容し、一方でモノがあふれて消費が飽和していくと同時に、「経済と倫理」は大きく分離していった(京セラの稲盛和夫やヤマト運輸の小倉昌男などは例外的ケースかもしれない)。他方では、日本がそうであるように経済格差を示すジニ係数は増加を続け、また資源や環境の有限性が自覚されるに至っている。

しかし近年、“「経済と倫理」の再融合”とも呼ぶべき動きが、萌芽的ではあるが現われ始めているように見える。

たとえば「ソーシャルビジネス」や“社会的起業”に取り組む若い世代の言明などを読むと、それは渋沢栄一や近江商人の家訓など、ひと時代前の経営者の理念と意外にも共鳴するのだ。
なぜそうなるのか。もっとも大きくは、経済や人口が「拡大・成長」を続ける時代から「定常化」への移行という構造変化が本質にあるだろう。

つまり経済のパイがほとんど大きくならない状況の中で「拡大・成長」時代の行動パターンや発想を続けていれば、先述のように企業や個人は“互いに首を絞め合う”結果になる。
あるいは意図せざる形で不祥事に自らを追いやる結果になったり、“ブラック化”してしまったりする。

経済がある程度成熟し、限りないパイの拡大という状況が困難な時代における発想の転換あるいは新たなビジネスモデルの創造で、売り上げの「拡大」や「成長」よりも、事業の「持続可能性」や「(ヒト・モノ・カネの)循環」といったことが優先的な価値となっているように見える。

“人口減少社会のフロントランナー”たる私たち日本人が、「定常型社会」の新たなビジネスモデルを築き実現していけることを示しているのではないか。
人口減少が本格化する今、根本からこれからの経済社会のあり方や「豊かさ」、「幸福」の意味、そしてビジネスと倫理の関係性を考え直す時期に来ているのである。
定常型経済とは


若い皆さんへ
人生には予測不可能なアクシデントがつきものです。
病気で入院することになった。勤めていた職場が倒産した。家が火事になった――。
そんなとき、月給1か月分にも満たない「残金」しか銀行に入っていなかったら借金するしかありませんね。

つまり、皆さんが先ずはすべき「貯蓄」は、万が一のときのセーフティネットのようなもの。
そう考えると、何百万、何千万円も用意する必要はないことがわかるでしょう。
まずは数年をかけて「手取りの半年分もしくは1年分」を貯めることを目標にしてみてはいかがでしょう。
達成したら、その後のお金は「投資」に回していけばいいのです。

20代でもっとも重視すべきは「自分への投資」です。
「投資」は「なくなってもいいお金を、リターンが得られそうなものに投じること」と説明しましたが、
皆さんは「なぜリターンがあるかどうかわからないものに、貴重なお金を投じなければならないのか?」と感じられるかもしれませんね。

理由はシンプル。お金を増やしたいと思ったら「入ってくるお金を増やす」か「出ていくお金を減らす」しかないからです。後者は生活を切り詰めて「お金を使わない」ということですから、なんだか暗い話になってしまいがち。それを一生続けていくと思うとウンザリしてしまいますね。だからこそ、大切なのは「入ってくるお金を増やす」こと。そのために、自分に投資するのです。

投資の原則は、「成長しそうなもの」にお金を投じることです。それでは、20代の皆さんにとって、もっとも成長性が高いのは何だかわかりますか?自分自身です。

なぜなら、これから2億円以上とも言われる生涯年収を稼ごうとしているのですから。
単純に数字だけで考えても、手元にある50万円を3億円にするためには600倍のリターンを狙う必要がありますが、皆さんの持っている2億円という可能性を3億円にするためには、1.5倍のリターンを狙うだけでいいのです。

(中略)

とはいえ、この変化の大きな時代において将来何が役立つのかなど誰にもわかるわけがありませんから、損得で考えず「好きなこと」に投資するのがいちばんいいでしょう。
英語や習字、囲碁、料理、パソコン(スキル)、その他新聞を欠かさず読み続けるのだってひとつの投資なのです。

イス取りゲームのイスが余る時代に

大切なのは老後のために今から貯め込むことではなく、老後も「稼ぎ続けること」ができるような人になることなのです。とは言っても、いまは大企業に入ったからといって安心できる時代ではありません。世の中がどう変わるか誰にも分からない、それが皆さんの不安の種にもなっているようです。

しかし、マクロで見ると、じつは若い皆さんのほうがいまの40代、50代の人たちよりも安泰なのです。意外かもしれませんが、データを見ればこれは一目瞭然です。

皆さんの世代の人口が少ないこと、さらに団塊の世代が労働市場から引退していくことから、日本では近い将来「職にあぶれる」可能性はかなり低くなります。イス取りゲームのイスが余る状態にあるのです。政府系機関の見直しによると、2030年には、日本は800万人規模の労働力不足に陥るとも言われています。若い皆さんは貴重な労働力であり、「金の卵」なのです。

この労働力不足を補うため、おそらくこれからの日本では女性の社会進出に加えて、定年制も形を変えていくでしょう。労働力不足の状態は皆さんが高齢になってもさほどは変わらないはずですから、「働けるかぎり働いてほしい」と労働市場から求められる可能性のほうが高いのです。いまの高齢者よりも長く働くことができる、つまり「より長くお金が入ってくる」わけです。

冷静にデータを見れば、「時代が悪い」と嘆く要素はどこにもありません。
普段から数字(データ)とファクトをもとに自分のアタマで考えるクセをつけておけば、いたずらに不安になることも、バブルおじさんにだまされることも、メディアに煽られることもなくなるでしょう。

お金とはなにか、貯蓄とは、ローンとは、借金とは、投資とは......。ひとつずつ知識を積み重ねて思考していけば、お金にも人生にもつまずくことはなくなります。それが、リテラシーがあるという状態なのです。

ぜひ、皆さんにはお金のリテラシーを得ることで1度きりの皆さんの人生を自由に、そして楽しく生きぬいてほしいと願っています。


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独身でいることについて特に何か理由があるのかと尋ねられると、この女性は完璧な答えを返した。

「私は70歳で、働いていて、幸せで、そしてまだ結婚していません」。
「何か特別な理由があるのですか?」
「特別だと思える男性に出会っていないからです...今はまだね」。

このシンプルなメッセージがはっきりと気づかせてくれるのは、自尊心や自分の中の基準を守ることが幸せの秘訣なのではないか、ということ。


生きるための
ヒントになりそうな事を
集めてみました((*∂∀6))ノシ

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