日本人が知らない、本当の江戸時代☆


明治以降の文化や建物、庶民の生活ぶりなどは現在でも資料などが多くあり正確にわかるそうですが、江戸時代に関しては資料や建物なども残っておらず謎も多いそうです

なぜ江戸時代の文化や建物、庶民の生活ぶりを記録している資料等が現在には多く残っていないのでしょうか?明治は最近のことで、江戸時代は大昔のことのように思われていますが、江戸時代の最後の日(1868年5月3日)と明治時代の最初の日(1868年1月25日)はそんなに変わらないのです

江戸時代の文化や建物、庶民の生活ぶりを記録している資料等が現在には残っていない理由の1つは、明治時代の新政権に江戸時代の建物や資料を消されてしまったからかもしれません

現代の政治でもそうですが、新政権を取ったものは自己の正当性を強調するために前政権を否定する傾向があるそうです

明治の新政権が誕生した際新政権は自分たちの新しい政権を正当化するために、旧勢力を抹殺しようと江戸時代の建物や資料を壊して消滅させてしまった側面もあるのかもしれません。。そしてこのことは珍しいことではないそうです

世界の歴史を見ても、戦争に勝った部族や国というのは負けた部族や国を完全に支配下におくため、負けた部族や国の反勢力の芽を摘むために、徹底的に負けた部族や国の文化や建物・要人を抹殺している場合もあるそうです。明治政権が誕生した際も同じことが行われたのかもしれません

しかし幸い、江戸時代の庶民の生活、暮らしを正確に記録している資料が残っている場所があります

それは、日本国外のようです
明治維新の際に日本に存在していた江戸時代に関する資料は、明治の新政権に抹消されてしまったものも、あるのかもしれませんが、そのときに海外に存在していた江戸に関する資料は抹消されませんでした

幸い、幕末から明治初期にかけて約4000人もの欧米知識人たちが日本近代化の教師として日本を訪れており、その人達が、江戸時代の庶民の生活や暮らしについて書いた資料が残っているのです

江戸時代を訪れた欧米知識人達が、江戸の国について、どのように書き残していたかというと・・・
「地上で天国あるいは極楽にもっとも近づいている国だ」
・ほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国より一段と高い地位におくものである
・日本は物乞いや貧しさのない唯一の国です
・住民は健康で裕福で、働き者で元気がよく、そして温和である
・誰かれとなく、互いに挨拶を交わし深々と身をかがめながら口元には笑みを絶やさない
・通りがかりに休もうとする外国人は、ほとんど例外なく歓迎され「おはよう」という気持ちのよい挨拶を受けた。この挨拶は道で出会う人、野良で働く人、あるいは村民から絶えず受けるものだった
・横浜から北海道まで4ヶ月をかけて旅をしたが、1度も危険を感じたことはなかった。武士道の倫理で成り立っている素晴らしい国
・極めて彼らはジェントルである。私は神にこれほど高潔・誠実で明るい男達のことを忘れないでくれと祈った

などと書き残しているようです

上記は、私達と無関係ではありません。私達日本人の、200~300年前の姿を、外国人から客観的に書かれていることなんです。曾ひいひい爺さんや婆さんくらいの話です。そんな昔ではありません

私達日本人は、江戸時代を古い社会、士農工商の階級社会だと思っている側面もありそうです。エタやヒニン問題のあった、差別間ある、劣った時代だと認識している側面もありそうです。江戸時代は文明の遅れた、駄目な時代だったと思っている側面もありそうです。しかし、幕末から明治初期にかけて日本を訪れた欧米知識人たちは、そのように感じていなかったのかもしれません

江戸時代の日本は「ともに支えあう」心や、共生社会が根付いていたそうです。現在の競争社会とは違っていたのかもしれません

また、日本の武士魂をもった侍達が「自分さえ良ければ良い」という個人主義的な考えをもたずに、安い給料にも関わらず、正義感と倫理感をもって非常時には自己犠牲をいとわず日本の治安を守っていましたから犯罪は少なかったようです

そして、江戸時代の医者は予防医学に徹しており医療でお金を儲けることなど考えていなかったそうです

さらに、当時のパリやロンドンの成人男性の識字率が15%程度であったのに対し、江戸の成人男性の識字率は95%を誇っていたようです。一般庶民が本屋で立ち読みしていた都市は、当時は世界を見渡しても江戸の町くらいでした

さらには、完全なリサイクル文化が存在していたため、当時としては世界1位の100万人が住んでいた江戸の町は、公園が多くあり、トイレが完備され、街は清掃が行き届いていたそうです
※他の国は当時、排泄物を窓から捨てたりしていたそうです

人々は暖かく、絵画や芸術等の江戸の文化も洗練されていました。仮に上空から江戸の町をみたら、緑溢れる至上最高・最大の楽園都市だったに違いありません
もっと詳しく≫http://tensei.nanaki.biz/gnedo.html


・農民の暮らしは結構豊かで旅に行く人が多かった
・農民一揆の多くは、暴動ではなく申出や話し合いだった
・新たな農地が開拓され、大規模な灌漑工事も多く行われていた
・専制政治は行われていなく、農民、職人、商人の自治権はかなり認められていた
・階級はあったが階級意識はなかった
・権力は一人の人間に集中しないようにかなり分散されていた
・多くの武士は財政的に苦しく内職をしていた者も少なくなかった
・就学年齢に達した子供の70%が寺子屋などの学校に通っていた
・通信教育制度があり、農業・漁業・病気予防についての実用書が数多く存在していた
・商品が市場に溢れており供給過剰社会だった
・銀行が設立されており、世界初の先物取引の商品取引所があった
・交通網が整備され、全国的な郵便配達網があった
・生麦事件は、イギリス人が当時の日本の法律に反することをしたことによって起きた
・不平等条約は、欧米との力関係ではなく欧米の罠に嵌って不平等になった
・通商条約締結後の日本と欧米との貿易では、日本の輸出超過だった

もっと詳しく≫http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=315577&g=131107

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江戸時代についてのイメージ、教科書に載っていることや時代劇などから、戦争がなく平和でしたが厳しい身分制度があり窮屈な感じがして貧しい時代だと思っていました。鎖国をしていたことにより、様々なものの発展が遅れてしまったという印象もあります。また、武士や代官など一部の特権階級の人たちが良い暮らしをしていましたが、農民は年貢の取立てに苦しみ、町人達も貧しい暮らしをしていたというイメージもあります。
しかし、江戸時代の実像は全く違っていたようです

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涙が出来そうになるお話しです。なんと私たち日本人のご先祖様たちは優しくて素晴らしい人たちなんだろうって。今でも十分その名残りはありますから(><)

そんな良い日本人を騙して壊したのが、欧州のロスチャイルド一族や田布施システムの朝鮮人一味たち!乗っ取られてしまったんですね(><)しかも倒幕府の仕方がもの凄く酷かったとも聞きました

元々の平和な日本を日本人の手に取り戻したいですよね☆今がその時にも思えます(><)


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